大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(う)960号 判決 1979年8月28日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は、弁護人佐々木実が差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断する。

一控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

所論は、原判決は判示第二において花村貞夫の氏名を詐称して自己の刑責を免れようと企て行使の目的をもつてほしいままに供述書横の末尾に花村貞夫と冒書したと認定しているが被告人は花村貞夫から交通取締りにあつた場合交通切符にその氏名を書くことも包括的に承認を得ていたのであるから、原判決第二事実記載の交通事件原票中の供述書の末尾に「花村貞夫」の氏名を書いたからといつて、それは、ほしいままに「花村貞夫」と冒書したことにはならず、本件の場合には私文書偽造罪は成立しないものであり、これを肯定した原判決には事実誤認がある、というのである。

そこで、所論の当否について検討するに、原判決が挙示する関係証拠及び被告人の当審における供述によれば、被告人は、酒気帯び運転等により昭和五三年九月二八日に九〇日間の運転免許停止処分を受け、講習の結果同年一〇月一九日に停止期間を四五日短縮されたものであること、被告人は昭和四三年頃から花村貞夫と知合い、昭和五三年六月頃からは右花村と株式会社東証ニユースを設立して共同経営していたこと、昭和五三年一〇月初め頃、右会社事務所において、被告人が右花村に対し「九〇日の停止処分になつた。」と打明けると、右花村が「免許がなかつたら困るだろう。俺が免許証を持つているから、俺の名前を言つたら。」と勧めて、自分の運転免許証を見せ、メモ紙に自分の本籍、住居、氏名、生年月日を書いてこれを交通安全協会発行のカードとともに被告人に交付したこと、被告人は原判決第一のとおり昭和五三年一〇月一八日に無免許運転をし、その際取締りの警察官から運転免許証の提示を求められたが、「免許証は家に忘れて来ました。」と言つて右花村の氏名等を称し、原判決第二の交通事件原票中の「供述書」欄の末尾に「花村貞夫」と署名し、これを右警察官に提出し、免許証不携帯による反則金二〇〇〇円ということで、その場を切抜け、右同日右反則金を納付したこと、昭和五三年一〇月一九日頃被告人は右花村に対し右の経過を報告したが、これに対し右花村は抗議等をしなかつたこと、以上の各事実が認められる。

右事実によつて考えれば、花村貞夫は事前に被告人に対し、単に取調べの警察官に口頭で自己の氏名等を申告することのみならず、道路交通法違反で交通切符を切られる場合には、その供述書欄に自己の氏名で署名することも承諾していたものと認めるのが相当である。原審において取調べられた花村貞夫の検察官に対する供述調書中には、「私としては岩嵜君が車を運転していて警察官に見付かつたとき私の名前を使つてなんとか言い逃れをする位に思つていただけで、交通切符までに私の名前を書くとは思つていませんでした。」との供述があるが、右供述は前認定に照らしそのまま信用することはできない。

しかしながら、本件のように道路交通法に違反をした者が交通切符を切られる際あらかじめ他人の承諾を得ておいたうえ、交通事件原票中の供述書欄の末尾に当該他人の名義の署名をして右供述書を作成した場合に、刑法一五九条一項の私文書偽造罪が成立するか否かは、さらに慎重な検討を要する問題であり、当裁判所は、右のような場合には、他人の事前の承諾を得ていても私文書偽造罪が成立するものと考える。すなわち、一般に名義人以外の者が私文書を作成しても、内容が名義人において自由に処分できる事項に関するかぎり、事前に名義人の承諾を得てあれば、右の作成は偽造罪に該当しないものと解されている。通常の私文書の場合には、名義人の承諾を得れば、その名義で文書を作成する権限が作成者に与えられ、このような権限により作成された文書は、名義人の意思を表示するものであつて、当該文書の作成名義の真正に対する公共の信用が害されることもなく、私文書偽造罪の成立を認めるべき理由はないからである。しかし、本件における供述書の場合、交通事件原票下欄に道路交通法違反現認・認知報告書の欄があり、その下部に、司法巡査の「違反者は、上記違反事実について、昭和五三年一〇月一八日次のとおり供述書を作成した。」との記載があり、その下方に供述書甲と題し「私が上記違反をしたことは相違ありません。事情は次のとおりであります。」との不動文字が印刷されていて、その最下部に署名すべきものとなつている。従つて、その文書としての形式、内容からすれば、事実証明に関する私文書というべきものであるが、その内容は自己の違反事実の有無等当該違反者個人に専属する事実に関するものであつて、名義人が自由に処分できる性質のものではなく、専ら当該違反者本人に対する道路交通法違反事件の処理という公の手続のために用いられるものである。そのような性質からすると、名義人自身によつて作成されることだけが予定されているものであり、他人の名義で作成することは許されないものといわなければならないから、当該違反者は、名義人の承諾があつてもその名義で供述書を作成する権限はないものというべきである。従つて、本件のように、他人名義で作成された供述書は、たとえ当該名義人の承諾を得ていたとしても、権限に基づかないで作成されたものであり、当該名義人の意思又は観念を表示しているものとはなり得ないものであつて、供述書の作成名義の真正に対する公共の信用が害されることは明らかである。以上のように考えれば、原判示第二事実については、花村貞夫が事前に承諾していたとしても、被告人は、作成権限がないのに、ほしいままに、「供述書」欄の末尾に「花村貞夫」と冒書したものと認めるべきであつて、原判決がこれを私文書偽造罪に当ると認定したことに所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。<以下、省略>

(向井哲次郎 磯辺衛 村田達生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例